翻訳のヒント[バックナンバー]

2021年8月 翻訳のヒント(特集) - 「ポン酢と半導体」

 コロナ禍や暑さの影響で調味料の売上が伸びているようです。今回はそんなところから始まる話題です。

 「ポン酢を買ってきて!」と頼まれた貴方。買うのはレモン色の「ポン酢(柑橘汁+酢)」でしょうか、それとも褐色の「しょう油入りポン酢調味料(ポン酢+しょう油+出汁)」でしょうか?言葉の正確さから言えば前者の買い物は正しいのですが、本数的にも多く出回っている「ポン酢調味料」を「ポン酢」と称する人が増えている昨今、依頼人は後者を期待していたのかもしれません。言葉は生き物ですから、時代と共に定義が変わることもあります。この状況は、技術用語の「半導体」についても同様です。

 「半導体」とは元来「導体と絶縁体の両特性を示し、導電性が熱や電圧等の条件に変化する物質」を意味し、「導電性が導体と絶縁体の中間にある物質」とも簡易的に定義されます。しかし、現在諸分野で実際に使われる用語の「半導体」は、物質そのものでなく、スマホや最近の家電製品に入っているチップなどの製品を指すことが多く、貿易摩擦の対象になっているのも半導体製品や製造関連材料です。ただ、「半導体」の意味にそれぞれの分野での共通認識があるため、その分野内では混乱はありません。

 電気電子メーカー各社の半導体部門の用語集においても、「半導体」の意味として純粋な「半導体物質」と「半導体製品」の両者が含まれています。英語でも同様で、例えば Microsoft の用語集では semiconductor の定義を次のように与えています。

"A substance, commonly silicon or germanium, whose ability to conduct electricity falls between that of a conductor and that of a nonconductor (insulator). The term is used loosely to refer to electronic components made from semiconductor materials.

 特許明細書和文では、「半導体物質」、「半導体層」、「半導体装置」のようにカテゴリーを明確に区別して記載されることが多いので、semiconductor substance, semiconductor layer, 等と英訳すれば事足ります。しかし、「・・・半導体12を成膜し、本発明の半導体120を作成した」のように異なるカテゴリーの「半導体」が和文に共存する場合には、例えば semiconductor film 12 と semiconductor 120、或いは semiconductor 12 と semiconductor element 120 のように訳し分けた方が文意が明確となります。

 電気電子メーカーの半導体とは別に、セラミック関連各社が特許出願する「半導体」には「半導体磁器組成物」があります。この半導体はゲルマニウムやシリコンとは別物の、正の抵抗係数を有する酸化物などのセラミック材料です(サーミスタ等)。これは semiconductor ceramic composition と訳されることが多く、業界で認知された用語ではありますが、実態としては semiconducting ceramic composition に相当するかと思います。明細書和文において前述の半導体と共存し、それぞれの区別が必要な場合には、どこか一ヶ所 semiconducting ceramic composition と定義を入れておくと良いかもしれません。

 特に定義することなく広く使われる「半導体」ですが、翻訳者としては実体として何を指しているかを原文から読み取りたいものです。「ポン酢」選びよりは少し難しいのですが。



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