2023年12月 翻訳のヒント(英訳)- 「翻訳における人間の介在」
特許明細書の文章に限りませんが、和文英訳の際、特に、主語の設定の仕方によって訳文のニュアンスが変わります。例えば、次の原文「本発明のセラミック組成物に含まれる鉛化合物の融点は100°Cから120°Cであることが好ましい。」に対し、翻訳者は何通りかの英訳で対応する必要に迫られます。明細書の各場面で訳文の構成方針をいかに立てるのかを、次の各ケースを例に取って説明します。ケース1
この場合、話題の中心である鉛化合物を主語にして、その性質を述べる文構造が自然です。
The lead compound contained in the ceramic composition of the present invention preferably has a melting point of 100°C to 120°C. |
ケース2
取り上げた物性である融点を主眼に置いて説明します。
The melting point of the lead compound contained in the ceramic composition of the present invention is preferably 100°C to 120°C. |
ケース3
本発明組成物の好ましい一実施形態を紹介する文体とします。
(In one embodiment of the present invention,) the ceramic composition preferably contains a lead compound having a melting point of 100°C to 120°C. |
明細書中のコンテキスト(文脈、話の流れ)によって、英文の構造を変えれば、より原文の意図に沿った(いわゆる、特許明細書の雰囲気が出た)英訳文となります。機械翻訳や慣れない翻訳者であれば、上のケースのいずれにおいても、原文の表現が同一であることから全てケース2の訳とする可能性があります。勿論、それでも誤訳とは言えませんが、適切に主語を立て原文の意図に近づけることは翻訳者の仕事の大切な部分です。原文に忠実な訳とは、和文の文構造(主語)まで踏襲するということでは決してありません。生成AIが、上のように訳し分ける時代がいずれ来ると予想されますが、それまでは、人間たる翻訳者の介在が不可欠であり、翻訳者もその意識を持って仕事をしたいものです。
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