翻訳のヒント[バックナンバー]

2021年2月 翻訳のヒント(和訳) - 「と」の使い方

 インド料理店で本日のランチをスタッフに尋ねたところ「ほうれん草とチキンと豆のカレーです」と言われました。実際に出てきたのは1皿に三つの材料が全て入ったカレーでしたが、仮に「ほうれん草カレー」と「チキンカレー」と「豆カレー」の3皿タイプのカレーでも、「チキンと豆のカレー」に「ほうれん草」の添え物が出てきたとしても間違いではありません。ランチではさほど問題になりませんが、科学技術に関する記載では「曖昧さ」の排除が大切です。特に、and の和訳の際に助詞「と」を使うときには、文中全体での言葉同士のリンクに気を付ける必要があります。以下の例を見てください。

1.(元訳)マウスの肥満と関連する代謝障害を予防する

(原英文)in preventing mice from obesity and associated metabolic disorders

 元訳の訳者には予防対象が「肥満」と「代謝障害」であることが理解されていたので上の訳に違和感がなかったようですが、チェッカーからは「肥満に関連する代謝障害」とも読めてしまうとの指摘がありました。確かに、この「と」の位置では「肥満と関連する」と形容詞句が想起されてしまいます。そこで異なる2要素の並列をはっきりさせる観点から改訳してみました。

(改訳1)マウスの肥満及び関連する代謝障害を予防する(「と」を「及び」に変更)
(改訳2)マウスの肥満と関連代謝障害を予防する(第二要素を明確化)


2.(元訳)アルミニウムとマグネシウムのケイ酸塩を含む安定化剤

(原英文)a stabilizer containing a silicate of aluminum and magnesium

 元訳の「と」が引き起こす問題は、安定化剤の成分が2種なのか1種なのかが曖昧となる点です。元訳では、「アルミニウム」+「マグネシウムケイ酸塩」とも読めてしまいます。一方、英文からは1成分であることが明確なので、「アルミニウム」、「マグネシウム」、「ケイ酸塩」間の関係を整理して曖昧さをなくすことで改訳しました。

(改訳1)アルミニウムとマグネシウムとのケイ酸塩を含む安定化剤(「と」の繰り返し)
(改訳2)アルミニウムマグネシウムケイ酸塩を含む安定化剤(化学名の使用)
(改訳3)ケイ酸アルミニウムマグネシウムを含む安定化剤(同上)

 改訳1では成分の単一性は明らかになるのですが無理した表現で語調が不自然ですので、原稿の情報が曖昧でない限り改訳2又は3とした方が読みやすいはずです。

 原文の and を全て「及び」と訳すと読みにくいため、「と」の使用は効果的ではありますが、使う際には注意したいものです。



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