2020年3月 翻訳のヒント(英訳) - “housed in a hole” の違和感
今回は、経験豊富な翻訳者であるにも拘わらず日本語に引きずられてしまった結果、ネイティブであったら決して書かない英文になってしまった例をご紹介します。原文は次の通りで、クレーム及びサマリー中、構成部材を列挙している箇所の記述の一部を抜き出したものです。下に構造を示しましたのでご参照ください。
原和文: 「前記端子用孔(H1)内に収容された絶縁部材100」
皆さんはこれをどのように訳すでしょうか?或る翻訳者は次のように訳しました。
訳例: “an insulating member (100) housed in the terminal hole (H1)” |
日本語通りになっていて何ら問題ないように思うかもしれませんが、もし一読してこのフレーズに違和感をもったらあなたは相当、英語の発想を自分のものにしています。どういうことでしょうか?
まず house という動詞は、「収容する」、「収蔵する」という意味ですが、house(収容)することができるものは、例えば、家、構造体、博物館、器、など、壁面を有する有形物です。
一方、hole という語は「穴」、「孔」ですから、有形物ではなく、実体のない空(クウ)です。よって、hole が何か実体物を覆ったり、取り囲んだり、収容したりすることはできません。上の例文でいえば、hole が部材を収容したり覆ったりすることはできません。
それにもかかわらずどうして私たちは上の訳例のような英語を書いてしまうのでしょうか?一つの回答は、孔は実体物の中に掘られますので、私たちは孔を画定している壁、即ちくぼんだ壁面を孔と認識しがちである、ということではないでしょうか。
では、孔の中に何かが置かれて(=収容されて)いるとき、どういう表現が可能かというと、例えば、状況に応じて inserted in (to) や received in、placed in 等を使うことができます。
たまたま或る米国特許の中に、hole という語ではありませんが同じく空(クウ)を表している語 bore(他に opening、cavity などもあり)を使っている次のような表現が出ていました。
a) “ …… cylinder sleeves that provide bores that receive the pistons ……” b) “ …… fitted into a bore ……” |
これらは自然で適切な表現であると思われます。
なお、ここで注意しておきたいのは、hole や cavity、bore は空(クウ)そのものを意味しますが、その空の空間を画定する壁とセットで認識されるものもあるということです。
例えばトンネル(tunnel)です。トンネルは山に穿った空間ですが、その空間を画定している壁面があって初めてトンネルという構造物になっています。こういう場合であれば、”equipment housed in a tunnel” という表現は自然で適切な表現です。
単語の組合せがちょっと変かなと思ったら、共起辞書で collocation(単語同士の慣習的に自然な組み合わせ)を調べてみましょう。
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