翻訳のヒント[バックナンバー]

2018年12月 翻訳のヒント(英訳)- 物質量

 本年10月パリで行われた国際度量衡総会で質量の定義がキログラム原器を使用しない定義に変更されることが決定しました。ご存知の方も多いと思います。そこで今回は、弊社HPの翻訳のヒントで何度か扱った物理量の話題を物質量に限定して確認します

1.「物質量(amount of substance)」とは

 国際単位系(SI)における物理量、例えば長さ(length)、質量(mass)はそれぞれm(メートル)、kg(キログラム)という基本単位で表されますが、「物質量」という物理量については馴染みのない方もいらっしゃるかと思います。物質量(amount of substance)はmol(モル)という基本単位で表されます。

 物質量とは要素粒子の数を示す量であり、この粒子(原子、分子イオン、電子等)の種を指定したとき、6.02 x 1023個に相当する量が 1 mol に相当します。質量について

  kg(単位記号)、キログラム(日本語単位名称)、kilogram(英語単位名称)

の関係があるのと同様、物質量については

  mol(単位記号)、モル(日本語単位名称)、mole(英語単位名称)

という関係があります。単位の名称記号を区別して使うことに注意が必要です。また、質量を「キログラム数」と言わないように、物質量を「モル数」とは言いません。

2.英語名称 amount of substance

 例えば、ある鋼サンプル中の「炭素原子の物質量」を上の定義に従って英訳すると、"amount of substance of carbon" となります。形式としては正しくても前置詞 of が重なり英語として読みにくいですし、誤解を招く恐れもありましょう。この問題を回避するため、IUPAC等国際機関ではハイフンを使って一纏めにして "amount-of-substance of carbon" と記載することがあります。また、簡略化して "amount of carbon" と記載されることもありますが、この場合 "amount" が一般的な「量」を指すのか「物質量」を指すのかが曖昧となるのであまり推奨されません。

 そこで、代替案としては substance を使わない "amount of carbon by mole" があります。mole(単位のmolでないことに注意)が存在することで、意味する量が物質量であることがわかりますし、英語として読みやすい形です。

 物質量分率(通常モル分率と称される)についても、機械的に英訳すると "amount of substance fraction" となり、更に「炭素の」が加われば "amount of substance of carbon fraction" とわかりにくくなってしまいます。このような場合、"mole fraction"、"mole fraction of carbon" とすれば上手く表現できます。尚、"mole fraction" は形容詞を使った "molar fraction" とすることも可能ですが、単位シンボル mol を使った "mol fraction" は適切ではありません

 なお mole(名称)とmol(記号)については2011年3月のヒントでも取り上げましたので、併せてご覧ください。

3.特許明細書

 特許明細書でも「物質量」と記載されるケースが増えてきましたが、「モル量」、「量」等もまだまだ登場します(流石に「モル数」は死語になった感がありますが)。物質量(amount of substance)の定義を知った上で、これら物理量を実態に即した読みやすい英訳にする工夫が大切です。



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