2017年6月 翻訳のヒント(英訳)- 応答案の日本語原稿はメモ書き
外国出願後、各国特許庁やEPOから拒絶が発せられ、それに対する指示書や応答案を現地代理人に英語で送ることは特許取得プロセスの一部です。日本の発明者(出願人)、特許事務所、現地代理人は出願の経緯や発明の情報を共有していますので、応答案において状況を詳述しなくても意図を伝え合うことが可能です。そこで、応答案の原稿はいわゆる「メモ書き」となりがちです。しかし、現地代理人にスムース且つ的確に事を運んでもらうためには、メモ書き原稿をそのまま訳すだけでは不十分です。次の例は、外国代理人に送る或る応答案の一部です。
(例)「・・・表面処理層とコーティング層は異なるものです。コーティング層は基体上に新たな層を設けるものです。一方、表面処理層は基体表面に表面処理液を含浸させ、効果したもので、基体成分と処理液の硬化物が混在します。・・・」
状況としては、審査官が本願発明の特徴である「表面処理層」が引例(Jensen)の「コーティング層」と同一物であるとして拒絶したものです。出願人は引例との差を主張したいのです。
まず、原稿どおりの訳です。
The surface treatment layer differs from the coating layer. The coating layer is an additional layer provided on the surface of the substrate, whereas the surface treatment layer is formed by impregnating the surface of the substrate with a surface treatment liquid and hardening the liquid. Thus, the surface treatment layer includes the material of the substrate and the cured product of the surface treatment liquid.
技術的には正しい訳ですが、どちらの層が本願のものかがはっきりせず、出願人の意図もよく見えない単なる状況説明です。
次は、原稿に存在しない下線部を追加した訳です。
The surface treatment layer of the present invention differs from the coating layer disclosed by Jensen. The coating layer of Jensen is an additional layer provided on the surface of the substrate, whereas the surface treatment layer of the present invention is formed by impregnating the surface of the substrate with a surface treatment liquid and hardening the liquid. Thus, the surface treatment layer includes the material of the substrate and the cured product of the surface treatment liquid.
ほんの少しの追加ですが、二種類の層が本願と引例に色分けされ、出願人の意図がとてもよく伝わります。最終文の the surface treatment layer には of the present invention を追加しなくても本願であることが明らかです。
このように、オフィスアクションの応答案の英文としては後者の訳がより優れているといえるでしょう。
訳者は、本願発明と引例の差異、応答のストラテジーなどを理解した上で訳出(というより英文応答案を書く)することが肝要です。
尚、当然ながら、いくら発明者の意図をよりよく伝えようという目的であっても、技術的事項を無断で修正したり追加したりすることは厳に慎まなければなりません。どうしても追加や修正が必要であると考える場合は、あらかじめクライエントに相談するか、納品時にコメントする必要があることは言うまでもありません。
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