翻訳のヒント[バックナンバー]

2016年4月 翻訳のヒント (英訳・和訳) - 化学分野での「基」について

 化学における「基」やそれに類する用語があれこれあり、「どう使い分けたらよいのかよくわからない。」「それらを英訳する際、どうも自信がない。」こんな声を聞くことがよくあります。

 「基」関連の用語には一定の定義が与えられていますが、40年も前と今とでは異なります。また定義には不完全な点もあります。当業者であれば自然と使い分けていて、仮におかしな使い方の用語に出会っても、「正しくはこの意味だな」と判別できます。このような事情で、特許明細書(和文でも英文でも)では、これら用語が必ずしも整合性をもって使われているとは言えません。それが、化学を専門としない訳者・チェッカーが悩んでいる要因の一つでしょう。

 今回は、翻訳やチェックという観点から、「基」関連の用語の意味を単純化して整理し、英訳の際の簡単なガイドをご紹介します。

 まず、定義です。次の点だけは押さえておきましょう。

1.「基」
 分子中の部分構造(原子が共有結合で連結されている)を表す最も上位にある概念です。アルキル基、メチル基などです。元の基(水素であることが多い)が置換されてできた基なら「置換基」と呼び、有機化合物の炭素骨格以外且つ水素以外の基であって、その化合物の化学的性質(主に反応性)を決定する基なら「官能基」と呼びます。

2.「残基」
 化合物の構造に着目した用語で、化合物の基本骨格以外の部分(即ち部分構造)を意味します。タンパク質、ポリペプチド、糖鎖など生体高分子でよく使われます。「アミノ酸残基」が典型的な例です。

3.「遊離基、ラジカル」
 これは1.の「基」とは異なり、分子から遊離した原子、分子、イオンなどで、不対電子を持つ原子団を表します。

4.「根」
 現在はほとんど使われない、塩を生成する元となるアニオンのこと。(例:硫酸根)頭の片隅程度で結構です。

 これで、ほぼ意味の違いがはっきりしたかと思います。そのうえで、英訳のルールを次の表にまとめてみます。

日本語 英訳
残基 residue ポリペプチドや糖鎖などに使う。
例:アミノ酸残基(amino acid residue)、N末端残基(N-terminal residue)
ラジカル radical 遊離基であれば、原則としてgroupとはしない。
側鎖 side chain 高分子(ポリマー)でのみ使用。
group 上以外を全てgroupとしてほとんど問題なし。

 従って、メチル基を methyl radical やmethyl residue ではなく methyl group と英訳することや、hydroxymethyl radical をヒドロキシメチル基ではなく、ヒドロキシメチルラジカルと和訳することがわかります。

 尚、英語で moiety という用語を目にすることがあります。これはフランス語の「半分(moitié)」から派生した言葉で、部分構造を意味します。文脈に応じて「基」、「部分構造」で結構です。カタカナの「モイエティ」はまず使うことはありません。

 今回のお話しは、整理・単純化が目的なので、個々のケースでは特別な訳が必要となることもありますので、ご注意ください。

 次回は、英訳文の例示箇所における「基(group)」の扱い方についてのヒントをご紹介いたします。


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