翻訳のヒント[バックナンバー]

2015年9月 明細書英訳(化学分野)- "such as ... and"と"such as ... or"

 今回は特に英訳初心者の方に気をつけていただきたい内容です。

 特許明細書では、分野にかかわらず例示の記載が多出しますが、何と言ってもこれが頻出するのは化学分野でしょう。そこで今回は、次の例をもとにして考えてみたいと思います。

例)
<原文>
 溶媒としては特に制限はないが、例えば、1,2-ジクロロエタン、クロロホルム等のハロゲン炭化水素;トルエン、ベンゼン等の芳香族炭化水素;酢酸エチル、酢酸イソプロピル等のエステル;テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン等のエーテル;水等が挙げられる

<Aさんの訳例>
 Non-limiting examples of the solvent include a halogen hydrocarbon such as 1,2-dichloroethane and chloroform; aromatic hydrocarbons such as toluene and benzene; esters such as ethyl acetate and isopropyl acetate; ethers such as tetrahydrofuran and 1,4-dioxane; and water.

 上の訳文は技術理解上、何の問題もありませんが、英文ライティングの観点からは修正が必要です。

 上の文章では、主語部(Non-limiting examples of the solvent) + include + 単数の名詞(a halogen hydrocarbon) となっていますので、この形をとる以上、such as の後は、この単数名詞に呼応して択一的に読めるように、"and" ではなく、"or" を用います。つまり、"such as 1,2-dichloroethane and chloroform" ではなく、"such as 1,2-dichloroethane or chloroform" となります。

 しかしながら、上の例ではむしろ、主語部(Non-limiting examples of the solvent) + include + 複数の名詞(halogen hydrocarbons) として "such as 1,2-dichloroethane and chloroform" を生かした形にすべきでしょう。このようにすると、他の例示の複数表現、即ち、aromatic hydrocarbons, esters, ethers と合います。

 まとめると、次のようになります。

1)名詞(複数形) + such as + A,B,and

ex.) organic nitrogen compounds such as urea, amino acids, and nitrophenols

2)名詞(単数形) + such as + A,B,or

ex.) an inorganic zinc compound such as zinc oxide, zinc sulfate, or zinc carbonate

 よって、Aさんの訳を手直しすると次のようになります。

<Aさんの訳(修正版)>
 Non-limiting examples of the solvent include a halogen hydrocarbons such as 1,2-dichloroethane and chloroform; aromatic hydrocarbons such as toluene and benzene; esters such as ethyl acetate and isopropyl acetate; ethers such as tetrahydrofuran and 1,4-dioxane; and water.

 但し、上の1)の場合には、and でなくor でも間違いではないという人もいます。その理由は"or"がここでは択一ではなく、A,B,Cからなる和集合を指すからというものです。特にA,B,Cが全て複数形で記載されている場合には問題ないかもしれません。
 しかし、翻訳初心者は、まず考え方の基本をしっかり押さえておいていただきたいものです。

 日本人翻訳者の中には、上の点を気にしていない(或いは気づいていない)人が多いのですが、とても簡単なことですので是非今後気をつけるようにしてください。


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