翻訳のヒント[バックナンバー]

2015年8月 翻訳のヒント(和訳)- Theの訳

 英語における冠詞は 日本語にはない概念ですので、訳が省略されることがあります。しかし、特許明細書においては、特に定冠詞 the を訳す際に 心に留めておくべきことがあります。

 特許明細書中、実施形態の説明においては、例えば剤や組成物に関する発明の場合、本発明の必須構成成分以外に含めることができる添加成分や補助成分の説明がなされます。その典型的な英文として、次の英文がありました。

The resin composition may further contain a plasticizer. Examples of the plasticizer include DOP, DBP, .........

 実際に数人の翻訳者が訳したのが次の3通りです。
 「樹脂組成物は可塑剤を更に含むことができる。」(訳1)
 「この樹脂組成物は可塑剤を更に含むことができる。」(訳2)
 「本発明の樹脂組成物は可塑剤を更に含むことができる。」(訳3)

 結論としては、特許翻訳者であれば、訳3の訳をすることが求められます。
上の例における The resin composition は The resin composition of the present invention を意味していて、of the present invention は繰り返しを避けるために省略されていることを見抜かなければなりません。

 訳1の翻訳者は、単に「樹脂組成物」と訳しても明細書の話の流れから理解できるという考えでした。確かに訳者の頭の中では整理されているでしょうけど、審査官にとって「本発明」に関する話なのか、そうでないのかが明確になることは、審査官への印象としても大切です。その点、訳1は審査官に負担をかけてしまうので不親切です。

 訳2における「この」は、「どの?」ということを審査官に考えさせてしまいます。「この」は「本発明」を意味すると理解しているなら、訳者も初めから「本発明」と訳せばよいのです。英文明細書に of the present invention が印刷されていなくても、特許翻訳者の目には of the present invention が見えなければ、英文明細書におけるthe の機能を理解していないと言えます。そして、このことは、特許明細書の読み手が審査官であることに基づいていると理解してください。

 今回のテーマ以外の部分についても、訳3レベルの翻訳者の和訳は、特許明細書として読みやすい、自然な特許的な調子となっていることは容易に想像できますが、訳1や訳2のレベルでは、特許に慣れていない翻訳者だと誤解されてしまいます。

 因みに、特許明細書英訳の際も、前に出てきた概念や物を受ける「上述」を明確にしたい場合、the でなく the above-described や the aforementioned と訳せば、読みやすい明細書となります。

 定冠詞〝the″は、明細書翻訳上大変重要なキーワードであることをもう一度認識したいものです。


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