2014年6月 明細書英訳(実施例や実験例の記載では時制に注意)
「実施例」とは、本願発明はどのように実施されるのかを、当業者が理解・追試できるように具体例に基づいて説明するものです。この部分の記述は発明の特許性に大きく影響する場合がありますので、翻訳の際は訳抜けや誤訳のないように注意しなければなりません。しかしこれのみにとどまらず、「実施例」の翻訳の際には考慮すべき特有の問題があります。それは英訳文の「時制」です。
繰返しになりますが、「実施例」とは、「本願発明」を具体的な例で記述するものです。つまり、その実施例の内容が必ずしも実際に実施されたものであるかどうかは問いません。このような実際に実施されていない実施例は「仮想例」(英語では "hypothetical example" 或いは "prophetic example")と呼ばれます。
このような「仮想例」を記載することはどこでも認められており、決して悪いことではないのですが、一つ注意しなければならないことがあります。それは、「仮想例」については必ず現在時制で書かなければならない、ということです。現在時制で書くことによって、読者は「その例は実際に行なったものではない」ということが認識できます。
本来現在形で書くべき仮想例を過去形で書いてしまいますと、「欺瞞行為」(inequitable conduct、いわゆる fraud)とされてしまいますので注意が必要です。
ところが、日本で第一国出願された日本語明細書で時々見られるのが、実際に実施したのにレシピ的記述になっている場合です。下に例を挙げましょう。
(例)物質AとBを撹拌機に投入して撹拌し、ついで水を徐々に加えて含水率60%、pH6.0とする。これをガラス瓶に装入し高圧滅菌釜にて120℃で3時間滅菌処理し、ついで温度を室温まで下げる。このとき含水率は57%、pH5.8であった。これに種菌を接種し培養すると子実体(キノコ本体)が良好に形成される。
この例では、含水率57%やpH5.8は実際の測定値のように読めるので、現実に実施された例であるように思われますが、その箇所以外では普遍形(つまり英文法で言う現在形)で書かれているため、実際に実施したworking exampleなのか、仮想のhypothetical example なのか、判断に困ります。英文をどういう時制で書くかは上で述べたように大きな問題ですので、翻訳者は、出願人ないし発明者に事前に書面で確認するべきでしょう。
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