2012年7月 翻訳のヒント(英訳) 「具体的」
先日こんな質問を受けました。「明細書中の『具体例を挙げると』の『具体例』は、"specific examples"と訳しても"concrete examples"と訳しても趣味の違いこそあれ同じ意味ですよね?」。確かに辞書には specific にも concrete にも「具体的な」という訳が与えられています。しかし、特許明細書における「具体的」とは何を意味するかを把握していれば、答えはspecificとなります。
クレームされている組成物の特徴が炭化水素を含むことであるというケースを想定してみましょう。下位のクレームで炭化水素が芳香族炭化水素に限定され、更に下位のクレームではベンゼンに限定されているなら、明細書にはそれをサポートする記載が不可欠です。従って「炭化水素の具体例としては、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素等が挙げられる」や「芳香族炭化水素の具体例としては、ベンゼン、トルエン、キシレン等が挙げられる」などと明細書に記載されます。この場合、炭化水素、芳香族炭化水素、ベンゼンの順により具体化され、逆の順により一般化されています。「具体的」は「一般的(generic)」に対する下位概念を意味するので英語ではspecific(speciesに由来)となります。これに対して、concreteは抽象(abstract)に対する具象(即ち実体として物理的に存在するもの)という意味が根底にあります。明細書の「具体例」は実体物の例という意味ではありませんので、concreteは訳としてふさわしくありません。明細書中の例示表現における「具体例」は単複に応じて"specific example"や"specific examples"と訳出してください。
特許翻訳においては、辞書に書かれている訳から選択するだけでは足りないことをしっかりと考えておくべきです。
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