翻訳のヒント[バックナンバー]

2012年2月 明細書和訳 - 誤訳の見つけ方2(実際の訳例に基づいて)

今回は初心者の方のためのヒントです。

米国からPCT経由で日本に移行する際の元英文明細書には、その冒頭部、発明の名称の後に"Cross Reference to Related Applications"という見出しがあることがあります。

これは、米国の出願手続きにおいて、本発明と親子のような連続した関係(例えば分割出願、継続出願、一部継続出願)や仮出願・本出願の関係を有する出願(これらを「関連出願」という)の情報(出願日と出願番号など)を記載して、先の出願日を本願の有効出願日として主張、請求するものです。

なお蛇足ではありますが、ここでいう「関連出願」とは、単に本発明と技術的に関連しているもののことを言うのではなく、出願人(発明者)が同一であること、及び、後願は先願中に開示された内容を請求しているものであることが必要であることにご注意下さい。つまりこの語は米国特許法で使われている法律用語として解釈されなければなりません。

さて、次の原英文(一部データを改変してあります)に対して下の訳が上がってきました。

(原英文)
CROSS REFERENCE TO RELATED APPLICATIONS
This application is related to and claims priority under 35 U.S.C. 119 to U.S. provisional patent application 61/123,456, filed January 11, 2009, entitled "Mouse Trap," ...(以下略)

(Aさんの訳)
関連出願の相互参照
 本出願は、35U.S.C.119 の下で、2009年1月11日に出願された"Mouse Trap"と題する米国仮特許出願第 61/123,456 号に関連し請求され、......(以下略)

* * *

いかがでしょうか?さっと読み流しただけでは "priority" の訳が抜けていることには気付かないかもしれませんが、単語ベースの対応をとらなくても、実は「 35U.S.C.119 」とあっただけでこれに続く文の内容が推測できますので、上の和訳は間違っていることがわかります。

"35U.S.C." は、United States Code の Title 35 のことです。といってもこれだけでは何のことかといわれそうですが、Codeは「法典」、Title は「巻」ですから、合衆国法典第35巻ということになります。これは日本で言う「特許法」にあたります。

原英文の "35 U.S.C. 119" はAさんの訳のようにそのまま引き写しするだけでも構いませんが、和訳すると「米国特許法第119条」ということになります。

この条文の内容については、実際に米国特許法にあたって確認していただくとして、本件に即してごく大雑把に言うと、「米国特許法第119条(e)の定めにより、仮出願61/123,456の出願日を本出願の有効出願日とする利益を受けることを請求する」ということになります。よって、Aさんの訳は下のように改訳できます。

(改訳例)
関連出願の相互参照
 本出願は、2009年1月11日に出願された"Mouse Trap"と題する米国仮特許出願第61/123,456号の関連出願であり、米国特許法第119条の下でこの仮出願に基づく優先権を主張する。なお、.....(以下略)

このように、条文の番号が記載されている場合、もしその内容を知らなかったら、実際にその条文の内容を確認してみることが誤訳を防ぐ上で重要です。Aさんは "is related to" と "claims" を並列に解釈して訳出していますので、119条の内容を理解していないと判断されます。特許翻訳者としては十分注意することが必要です。

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