2010年2月 「好ましい」や「約」には注意!
特許明細書には、特に好ましい態様の記載に、数値の限定を避ける目的で「約」や「好ましくは」等を使った表現がよく見られます。このような原文(和文)を英訳する際には、「好ましい」や「約」がどこまでカバーしているかを注意深く判断する必要があります。例を幾つか挙げてみましょう。
【例1】
反応温度は50~90℃、特に70~80℃が好ましい。
この例では、「特に好ましい数値範囲」には迷うことはないのですが、次の2通りの解釈が成り立ちます。
- 実施可能な反応温度は(或いは「一般に反応温度は」)50~90℃である。その範囲の中でも好ましいのは70~80℃である。
- 好ましい反応温度は50~90℃、その範囲の中でも70~80℃が特に好ましい。
前半の「反応温度は50~90℃」の個所は、実施可能な反応温度(或いは一般に考えうる反応温度)を意味するのか、好ましい温度範囲を意味するのかを明細書・クレーム全体を見渡して判断する必要があります。もし独立請求項等に「反応温度が50~90℃である」等の記載があれば、
The reaction temperature is 50 to 90℃, preferably 70 to 80℃.
と訳すことができます。これに対し、独立請求項等にそのような限定がなければ50~90℃は「好ましい」数値範囲と解釈され、
The reaction temperature is preferably 50 to 90℃, particularly preferably 70 to 80℃.
と訳すことができます。
【例2】
反応温度は約50~90℃とする。
この例では「約」が50℃だけに係るのか、90℃にも係るのかを判断する必要があります。多くの場合、数値範囲に「約」を付す目的は過度の限定を避けることにあり、後の90℃にも係ると解釈できます。その際の訳は、
The reaction temperature is adjusted to about 50 to about 90℃.
となります。明細書中に、90℃が特別な意味を持つ数値の上限である(例えば、装置の都合上90℃以上にはならない)等の記載があれば90℃に「約」を付けず、
The reaction temperature is adjusted to about 50℃ to a temperature of 90℃
という訳が考えられます
時間がないときにはつい目の前の言葉だけを英語に置き換えてしましがちですが、特許翻訳ではこのような数値限定は大変重要ですので常に注意し、自分の解釈が他の個所の記述によってサポートされるかを確認しましょう。また、訳者が全て判断できるとは限りませんので、迷った場合は必ず訳者コメントを残しましょう。
なお、上の例にあるような"about"は、特にヨーロッパ出願では『曖昧であるので削除すべき』とされ、通常、補正指示を受けたり、審査官補正で削除されてしまいます。しかしながら、翻訳の段階では翻訳者はできるだけ原著者の意図に忠実に訳すべきであり、勝手な判断は厳に慎しむべきです。