翻訳のヒント[バックナンバー]

2023年2月 翻訳のヒント(英訳)- 「~できた」の訳

 背景技術や発明の効果に使われる表現「・・・できる」に対しては、多くの場合、助動詞 can を使えば事足りますが、実施例(過去の事実)中の「・・・できた」の英訳事情はそれほど単純ではありません

 経験の浅い訳者はまず助動詞 can を could に代えようと考えがちです。確かに助動詞 could は可能の助動詞 can の過去形としても使われますが、基本的にその用法は過去において「・・・であった」という継続的な事実にフォーカスされます。また、can にはほとんど無い仮定法(反実仮想)な意味合いでも使われます(詳しくは辞書や文法書をご参照ください)。従って、could を使った場合には、「過去の事実」の意図が正しく伝わらない可能性があります。それならば be able to を使えばよいかと思っても、be able to は本来「能力」に由来する意味を表現するので、物や手段を主語にした英訳文には不自然さが伴います。

 例えば、原文「この装置により本発明の酸化膜が形成できた」をあまり考えずに英訳すると、

The oxide film of the present invention could be formed by means of this apparatus.
The oxide film of the present invention was able to be formed by means of this apparatus.

となります。確かに上の英文は明細書のコンテキストによっては当業者が適切に理解できるかもしれませんが、英語ネイティヴの審査官には何やら「モヤモヤ」とした不自然さを感じさせてしまいます。そこで、これを回避するには could や be able to を使わないで翻訳するのも一つの策です。その例をご紹介します。

1.副詞 successfully を使う

 「上手くできた、成功した」のニュアンスを付加することにより、発明の効果(即ち、「できた」)を説明します。

The oxide film of the present invention was successfully formed by means of this apparatus.

2.動詞 achieve、accomplish などを使う

 「達成する」というニュアンスの動詞を使うことで、「・・・できた」を表現します。

Formation of the oxide film of the present invention was achieved (or accomplished) by means of this apparatus.

3.単に過去形とする

 原文での書かれ方によっては、「・・・できた」に特に「可能」の意味がなく、単に事実を意図しているケースもあります。そのような場合であれば、単に過去形で表現しても意味が十分伝わります。

The oxide film of the present invention was formed by means of this apparatus.

 これらの例文には could も able も存在しませんが、どれも過去の事実(・・できた)を必要十分(即ち、原文に忠実)に伝えていると考えられます。「1月のヒント」同様、原文の「言葉」の単なる置き換えでなく、原文の意図や状況を英語で的確に説明することが翻訳の大事な点です。


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