翻訳のヒント[バックナンバー]

2023年4月 翻訳のヒント(和訳)- comprise の訳しかた

 かつて、翻訳業界のシンポジウムの壇上で「"comprise" は『含む』と訳し、『含む』は "comprise" と訳しておけば初心者でも特許翻訳らしく見せられる」と発言をされた方がいました。もちろん、その場の流れの中での荒い言い方と思いましたが、多くの翻訳者が特許明細書に頻出する "comprise" について "comprise = 「含む」" を機械的に公式のごとく採用しているが現実があるようです。

 動詞 comprise は特許の手続き上の解釈に注意が必要とされる動詞です。語源は、"com-(共に)" と "prise(つかむ)" をラテン語に在ります。即ち、「全体」が「部分」を含むことを表す動詞と言えます。従って、明細書中の "comprise" を「含む(場合によっては「備える」)」と訳すケースが多くなります。

 しかし、次の英文を見てください。

 "The ionic compound represented by formula XY comprises cation moiety X and anion moiety Y."

 この英文を、

「式XYで表されるイオン性化合物は、カチオン部分Xとアニオン部分Yを含む。」

 と訳される方はいませんか?確かにXとYは形式的にはイオン性化合物に含まれる点では「含む」が使えますが、化学的な実態としてはXとYがそれぞれ別個に含まれるのではなく、X一単位に対しYが一単位存在して化合物を構成すること意味します。従って、「部分」が集まって「全体」を構成するという見方で comprise を解釈し、

「式XYで表されるイオン性化合物は、カチオン部分Xとアニオン部分Yで構成される。」

 と訳せば、実態をより適切に表現することができます。この後者の訳は、"The committee comprises (is comprised of) five members." のような例で、文法のテキストで見かける形式と同じです。

 クレームでは、権利請求の戦略上の観点から「含む」を優先的に使う事情がありますが、明細書のクレーム相当部分以外であれば、「含む」一辺倒でなく、実態を反映する表現を考えたいものです。

 なお、オーストラリアでは、判例により、"comprise" の意味はそれが用いられている文脈に従って解釈されるとされており、日本や米国の特許業界での常識的用法と異なります。しかし、その内容についてここに書くには紙面が足りませんので、オーストラリア特許庁のホームページなどをご参照ください。いずれ、折を見て、どう対応すべきかについてトピックとして取り上げたいと思います。


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