翻訳のヒント[バックナンバー]

2022年10月 翻訳のヒント(英訳)- 「"任意の" 英訳はarbitrary?」

 弊社8月の「翻訳のヒント」で、「any は必ずしも「任意」と訳さず」をテーマに取り上げましたが、今回は逆に任意」を英訳する際に注意すべき点を紹介します。

 「任意の」に相当する英語は幾つかありますが、堅い表現好きの特許翻訳者が選択しがちな形容詞が "arbitrary" です。実際にUSPTO他のデータベースでは、明細書における arbitrary や arbitrarily の使用例が何件もヒットしますが、英語として違和感のある例が多く見られます。これは、恐らく arbitrary の原意を考えない訳出に起因すると思われます。

 arbitrary はラテン語の arbiter(権力者)を語源とするため、「勝手な」、「恣意的な」、「反規則的な」、「独断的な」等、少し色がついた意味を持つ言葉です。勿論、arbitrary には「任意の」という意味もありますが、その「任意」に何らかの意図が隠れていることは語源からわかります。そこで、明細書で好ましく使えるニュートラルな表現とするには、arbitrary(arbitrarily)を他の表現で言い換える必要があります。次に例を幾つかご紹介します。

例1.(原和文)「・・・10個の黒点を任意に選択し・・色濃度を測定した。」

(元訳)In the photoimage, ten black spots were arbitrarily selected, and color density was measured at the spots.

 この英文では、10個の測定点の選び方が「独断的」や「勝手に」という印象を与え兼ねませんので、原文の「任意に」を「無作為に」と読み替えて訳してみます。

(改訳)In the photoimage, ten black spots were selected at random, and color density was measured at the spots.

例2.(原和文)「・・・任意の置換基を有してもよい。」

(元訳)The group R may have an arbitrary substituent.

 置換基があっても無くてもよい状況での「任意の」は「オプションである」と読み替えて良いです。

(改訳)The group R may have an optional substituent.
(改訳)The group R may optionally have a substituent.

例3.(原文)「・・・任意に室温まで冷却できる。」

(元訳)The product may be arbitrarily cooled to room temperature.

 この英文では、「勝手に冷却できる」ような印象を与えることがあります。この場合、必要があれば冷却する(必要がなければ冷却しない)と考えると自然です。

(改訳)If needed, the product may be cooled to room temperature.
(改訳)The product may be cooled to room temperature, as desired.

例4.(原文)「・・・任意の投与量で投与できる。」

(元訳)Glycine can be administered to a patient at an arbitrary dose.

 原文の意図は、「どんな投与量でも良い」にあるので、any がしっくりくるケースです。状況によっては、「投与量は限定されない」とも解釈できます。

(改訳)Glycine can be administered to a patient at any dose.
(改訳)No particular limitation is imposed on the dose of glycine administered to a patient.


 各改訳例のように、「任意の」を arbitrary 以外の表現とすることで、原文の意図がより的確に且つ自然に読者に伝わると思います。「任意の」を機械的に arbitrary と訳している翻訳者は、要注意ワードである arbitrary でなく、別な英語表現を第一選択肢としたいものです。

 ただし、数学で使われる「任意の値」や、相対的な物理単位を意味する「任意単位(arbitrary unit)」など、定訳が存在するケースでは「任意」=arbitraryと訳して問題がないことを付記しておきます。


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