翻訳のヒント[バックナンバー]

2022年8月 翻訳のヒント(和訳) - 「any は任意?」

 昔、中学校で限定用法の形容詞の any は否定文や疑問文で使う、と習ったかもしれませんが実はそうとは限りません。肯定文中でも使われます。そして特許明細書でも同様です。この any ですが、翻訳者によっては訳語の「いずれの」や「どれでも」と「任意の」とを等価と考えた上で、「明細書ではお堅い言葉を使えばそれらしくなる」との判断からか、any を「任意の」と訳したくなるようで、「任意の」を多用する傾向にあります。しかし、任意の」は any に対するオールマイティな訳語ではありません

 「任意」には本来「自由意志に任される」という意味が底にあるので、"any" が本当にそれを意図して使われている場合には「任意の」と訳すべきでしょう。しかし、それ以外のケースで any を安易に(機械的に)「任意の」と訳してしまうと、コンテキストによっては「少し変だな?」との印象を与える訳文となります。そこで、今回は any を「任意の」と訳した例文を原英文と共に紹介し、問題点や改訳案を読者の皆さんとシェアしたいと思います。

1.The vaccine can be applied to any mammals.

(訳文)本ワクチンは任意の哺乳類に適用できる。

(解説)原文の意図は、「哺乳類の種類に関係なく適用可能」ということでした。この場合、哺乳類の種類の選択には必ずしも任意性は必要でなく、更に「任意の」は「哺乳類」の形容詞としても不自然です。従って、この原文を表現するには、「いずれの(どんな)・・・にも」などが自然だと思います。

(改訳例)本ワクチンはいずれの哺乳類にも適用できる。
(改訳例)本ワクチンは哺乳類全てに適用できる。

2.Any impurities are removed before bottling.

(訳文)ボトリングの前に任意の不純物を除去する。

(解説)原文の意図するところは、「特定はできないが、存在する何らかの不純物」を除去することにありました。そもそも不純物に任意の種はないはずです。「いずれの不純物でも、存在するならば除去する」又は「何らかの存在する不純物は除去する」と解釈することが自然です。また、このような状況であれば any を無理に訳さなくても意味は十分通じます

(改訳例)ボトリングの前に、いずれの不純物も除去する。
(改訳例)ボトリングの前に、いかなる不純物も除去する。
(改訳例)ボトリングの前に不純物を除去する。

3.The absorbance of the sample may be determined at any timing in the process.

(訳文)試料の吸光度はプロセス中の任意の時点で測定できる。

(解説)原文の意図は、「測定者はどのタイミングで測定しても良い」とのことでした。この状況こそ、「測定者の自由裁量」=「任意」の図式が成り立ちます。従って改訳は不要です。また、「どの時点でも測定できる」と訳しても問題ありません。

 any の使い方はなかなか難しく、杓子定規には訳せません。any そのものを見るだけでなく、前後関係や明細書全体における存在理由を考慮する必要があります。確かに「任意の」は訳語の一つではありますが、本当に「任意」が適切なケースであるかどうか、常に訳者が判断する必要があります。翻訳プロセスを単純化するために、一対一対応の訳とすることは場合によっては好ましいのですが、any のような基本的且つ意味の深い語に対しては難しいと思います。
 「任意の」を使いたいと思ったときには、「指差し確認」のごとく一旦停止でご自身の考えを整理してみましょう。


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