翻訳のヒント[バックナンバー]

2022年6月 翻訳のヒント(英訳) - 「(続)訳語で変わる訳文の雰囲気」

 特許明細書に必ずや存在する「・・を含む」や「・・が含まれる」の英訳で、「含む」を contain と訳そうか、include にしようか・・などと単純に考えて訳語を決める翻訳者も見受けられます。しかし、実際には動詞の語源の持つニュアンスや、翻訳対象の技術内容、コロケーション等を見極める必要があり、思っているほど簡単ではないかもしれません。訳者自身が気付かないうちに、しっくりこない英文に訳してしまうこともあります。

 そこで読者の皆さん、試しに次の4つの訳文の(  )に、have, contain, include, encompass のいずれかの活用形を当てはめてみてください(尚、包含関係の解釈に特殊事情を伴う comprise は今回の話題から外しています)。

1.この洗浄剤組成物は硫酸ナトリウムを含む。
(訳文)The cleaning composition (  ) Na sulfate.

2.カルボキシル基を含むポリマーは水性媒体に容易に溶解される。
(訳文)A polymer (  ) a carboxyl group can be readily dissolved in an aqueous medium.

3.ここで「カルボン酸」という用語には、カルボン酸エステルも含まれる。
(訳文)In the invention, the term "carboxylic acid" (  ) a carboxylate ester.

4.このアルコールの例としては、メタノール、エタノール、グリセリンが挙げられる。
(訳文)Examples of the alcohol (  )methanol, ethanol, and glycerin.

 いかがでしょうか。ベストチョイスはそれぞれ、1.contains2.having3.encompasses4.include となります。
 簡単に説明すると、1は組成物という「全体フレーム」に硫酸ナトリウムが取り込まれている(contain)様子を表してます。2では、カルボキシル基が別個に含まれるのではなくポリマーの側鎖として結合している実態から、「含む」より「有する(have)」との解釈が適切です。3は「カルボン酸」という概念がどこまで及ぶかという範囲を定義(encompass)する表現です。4では、各アルコールの具体例が上位概念である「アルコール」の一部として含まれる(include)ことを表しています。

 お解りのように、これらの動詞を適切に使うには、原文に書かれた状況を正確に把握し、語源的な意味や用例を十分理解している必要があります。語源については多くの辞書や書籍がありますので参照できます。仮に上のケースでベストチョイス以外の動詞を使ったとしても、誤訳と言えないこともあり、意味は何となく通じましょう。しかし、機械的に言葉が置かれたような違和感が残ってしまいます。そうしないためにも、日頃から言葉(英語でも日本語でも)に対する感覚を養って行くことは、翻訳者にとって翻訳実務と同様に大切ですし、自然と良い雰囲気のある翻訳文を書けるプロセスであると思います。


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