翻訳のヒント[バックナンバー]

2017年3月 翻訳のヒント (英訳) - わかりにくい英訳文、その原因と修正

 先日、次のような英文を目にしました。日本語のPCT明細書の英訳文草稿にあったものです。

(修正前の原訳)The material exhibits a remarkable thermal expansion property in terms of 8.0 ×10-6/°C or less of a thermal expansion coefficient.

 おそらく、「翻訳のヒント」の読者の中にはこういう英文を書く方はいないとは思いますが、現実にあった例ですので、コメントしてみたいと思います。

 上の英文の大きな問題は“ in terms of ”の使い方ですが、特許明細書では主に、(1)~に関して、~の観点から、(2)~に換算して、の2つの用法があり、どちらもよく見られます。

 上の英文例での使い方は(1)ということになりますが、この場合、注意すべきは“ in terms of ”“ of ”の後ろには、文の主語が持っている各種属性(性質)のうちの選択された属性を表す語が置かれるということです。

 「選択された属性」という表現がわかりにくいかもしれませんので、説明のため次の2例をあげておきます。

(a) The steel sheets were excellent in terms of strength and toughness.
(b) The resultant products were tested in terms of storage stability and color fastness.

(a)の文では、スチールシートが有する各種属性の中で、特に強度(strength)靭性(toughness) という特定の選択された属性について優れていた、ことを表現しています。
(b) の文では、製品の各種性質の中で、保存安定性(storage stability)色の堅ろう性(color fastness)という2つの選択された性質に関して試験した、ということを表現しています。

 ここで翻って最初の英訳例を見てみますと“ in terms of ”の“ of ”の後ろに、属性・性質を表す語(e.g., a noun that refers to a general quality) でなく、具体的数値(a specific numerical value)が来ている点で、通常の用法から外れています

 そこで、上のルール(“ in terms of ”の後ろには、文の主語が持っている各種属性(性質)の中の選択された属性を表す語が来る)を適用し、かつ、「その選択された属性の観点からどうであったのか」を記述する文章になるよう、元の英訳草稿を修正してみると、次のようになります。(なお、“ thermal expansion property ”の前の不定冠詞 “ a ”は削除されます。)

(修正後 Ver.1)The material exhibits a remarkable thermal expansion coefficient of 8.0 ×10-6/°C or less in terms of thermal expansion property.

 このように修正することで、「その材料」(the material)が持っている各種属性の中でも「熱膨張特性」(thermal expansion property)という選択された一特性についていえば、8.0 ×10-6/°C 以下という優れた「熱膨張係数」を有していた、というロジカルな英文となります。

 この修正で文法上の問題はなくなりましたが、特許出願用のPCT原稿以外の一般論文などであれば次のように簡単にしたいところです。

(修正後 Ver.2)The material exhibits a remarkable thermal expansion coefficient of 8.0 ×10-6/°C or less.

 つまり“ a thermal expansion coefficient ”“ thermal expansion property ”を表す物性値であることは自明なので冗長性を避けて簡潔にすることができます。


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