翻訳のヒント[バックナンバー]

2015年2月 明細書英訳(全分野) - 気づきませんでした!

 先日、とあるセミナーに参加した際、講師の方が面白いことをお話しになりました。「1から10まで、1、2、3...と声に出して数えてください。」「では次に10から逆に9、8と1まで声に出して数えてください。」

 そこで参加者は皆、口をモゴモゴさせて「イチ、ニィ、サン、...」、次に「ジュウ、ク、ハチ、...」と唱えました。

 講師の「どうですか、何か気づきませんか?」という質問に最初は「??」という反応でしたが、すぐ「“4”の読み方が、1から上がっていくときと10から下がっていくときで違います!」との声が上がり、皆、「そうですね、気づきませんでした!」となりました。一部の方言では例外もあるそうですが、殆どの日本人は1から上がっていくときは「シ」、10から下がるときは「ヨン」と読むようです。同じ「4」がどうしてこういうことになっているのか、日本語の音声に興味のある方や言語学を専門にしている方でない限り、考えたこともないのではないでしょうか?

 実は私達の身の回りにはそういう「理屈抜きの思い込み」や「理屈を考えたこともない言語表現」が沢山あるのではないでしょうか。そこで特許明細書の分野でそういう事例がないかと考えてみました。上の例とはちょっと異なりますが、今回は一つだけ例を挙げます。即席なのであまり良い例ではありませんが...。

 (例文1)「本発明は、...(略)... 耐剥離性を有する貴金属チップを備えることにより、耐久性の高いスパークプラグを提供することを目的とする。」

 上の文章、特に「耐剥離性を有する貴金属チップ」という表現ですが、如何でしょうか?意図することはわかりますし、違和感を持つ人は恐らくいないのではないでしょうか?スパークプラグですから当然チップは「剥離しにくい」ものであることが要求されていると了解され、つまり原文の「耐剥離性を有する」は「高い耐剥離性を有する」を意味している、と、何の違和感も無く自然に理解されます。それ以外の読み方や解釈を探ろうとは誰も思わないでしょう。

 しかし、その英訳として下の訳はどうでしょうか?

 (例文1の訳例)An object of the present invention is to provide a highly durable spark plug ...(略)..., by virtue of the noble metal tip having separation resistance.

 この英文中の、"the noble metal tip having separation resistance" は一応、原文に忠実に訳されていますが、何か舌足らずな印象や違和感を持ちませんか?

 英語は日本語と違って、的を突いた達意の文とするためには具体的に表現することが要求されます。

 単に"having separation resistance"では漠然としすぎて、どういう(程度の)"separation resistance" なのかわかりません。極論すれば「何を言いたいのか不明瞭」ということになります。

 こういう問題を防ぐためには、原和文の意図に戻って、「(十分に高い)耐剥離性」と、より具体的な意味を表に出し、"sufficiently high" などの修飾句をつけるとわかりやすくなります。

 但し、原文に明記されていない語句を補っている、としてこれを嫌うクライエントに対しては注意が必要でしょう。

 最初の「4」の読み方から大分脱線してしまいましたが、今回は、特許翻訳の分野でも、意識していないのに読めてしまう日本語表現があることに気づかないで直訳すると達意の英文にならない、というお話でした。

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