翻訳のヒント[バックナンバー]

2012年4月  「説明」は "explanation" か?

 今回は初心者のみならず、ベテランにも見受けられる誤解(或いは認識不足)についてのお話です。

 日本の明細書には頻繁に「説明」という語が使われます。例えば「以下、本発明をより詳細に説明する。」とか、「本発明に係るインクジェット式記録 ヘッドについて図2、図3を参照して説明する。」、「以上説明したように、本発明は~」等です。

 この「説明」を皆さんはどう訳していますか?もしかしてあなたも「説明」イコール "explain" や "explanation" と信じて疑わない人の一人でしょうか?

 結論からいいますと、明細書中、少なくとも上の文脈で使用される「説明」に対しては英語の "explain" や "explanation" は使用されません。

 英語の "explain" はそもそもどういう意味でしょうか?是非この機会にWebsterや Oxford の英英辞書で調べてみてください。語の成り立ちや意味、用法が詳しく述べられていますので、「発明の説明」を "explanation of the invention" と訳すと、「権利書」の性質を有する(英文)法律文書では奇妙に響く理由が理解できると思います。しかし、今回はこれには深く立ち入らず、日、米、英の特許法中に使用される「説明」と "explain/explanation" の出現数を見てみましょう。

 まず、日本特許法中における出現数ですが、「説明」は14箇所出てきます。 その内訳は「図面の簡単な説明」(一箇所)、「発明の詳細な説明」(三箇所)、「図面でこれに含まれる説明」(一箇所)、「当該鑑定をするため必要な事項について説明 しなければならない」(一箇所)、「図面の中の説明」(八箇所)です。鑑定関係の記述を除くと13箇所が、発明の記載関係といえるでしょう。

 一方、アメリカ特許法では、"explain/explanation" が用いられているのは、 第41条(特許手数料;特許及び商標のサーチシステム)に一箇所、第287条(損害賠償にかかる制限:表示及び通知)に一箇所、第301条(先行技術の引用)に2箇所の計4箇所だけで、明細書の構成や発明の「説明」の仕方に関連する文脈での出現はありません。

 イギリス特許法(The patents Act 1977)でもヨーロッパ特許法 (The European Patent Convention) でも "explain/explanation" の出現数はゼロです。

 では、日本の明細書に出てくる「説明」は外国出願時にどう英訳したらいいのでしょうか? 答えは簡単で、"describe"、"description" を使用すればいいのです。この言葉は、アメリカやイギリス、EPOでも、明細書の構成要件を定めた条文に使用されています。

 例えば、次はイギリスの特許法第14条 (Making of application) の第2項です(下線は強調のために付加)。

(2) Every application for a patent shall contain -
 (a) a request for the grant of a patent;
 (b) a specification containing a description of the invention, a claim or claims and any drawing referred to in the description or any claim; and
 (c) an abstract;
(以下略).

 ヨーロッパ特許法のArticle 78 (Requirement of a European patent application) の第一項は次のとおりです(下線は強調のために付加)。

(1) A European patent application shall contain:
 (a) a request for the grant of a European patent;
 (b) a description of the invention;
 (c) one or more claims;
 (d) any drawing referred to in the description or the claims;
 (e) an abstract,
and satisfy the requirements laid down in the Implementing Regulations.

 英語圏の発想で書かれる英文明細書では、このように、明細書は発明を「記載」するものであって、「説明」するものではないことが理解できると思います。

 よって、「図面を参照しつつ本発明をより詳細に説明する」は"The present invention will be described in more detail with reference to the drawings."となり、見出しの「図面の簡単な説明」は"Brief Explanation of the Drawings"ではなく、"Brief Description of the Drawings"となります。

 ちなみに日本特許法でも36条に「発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」などとあり、「記載」という語は100以上 出現します。どうして日本の明細書を書く方は「以下、本発明をより詳細に記載する」、とか「以下、本発明をより詳細に記述する」と書かないのか不思議です。徐々に変わっていくことを願っています。

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